2015年10月11日

ポートフォリオレビュー

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集合写真を撮影したあと、高知市内でやっていた写真イベントへ。

遅れて到着。

私が最初に見た方はポートフォリオレビューの意味が分かってなかったらしい。
自分の撮っているものが何か分からないままで他人に共感を得ようとしても難しい。
またレビューはそういう場ではない。
テーマが定かでないものを見せる場ではないし、一枚一枚の良し悪し訊く場所でもない。

それが終わって次のレビューが始まる前、何を思ったか、主催者が私にそっと「これから出てくる作品は凄いですよ」と言う。
最後まで見る。

それはそれで楽しかったが、ついぞ凄いものにはお目にかかれなかった。
残念だった。
普通だった。
主催者は本当に凄い作品を知らないのだ。

東川町でのポートフォリオレビューに参加したとき、他のやつらの作品を見て、全国にはこんなヤツラがいるのかと身震いしたものである。
横浜でのポートフォリオレビューのときにも、審査員の厳しさを知る。

日本では当たり前のように行われているが、作家が作家の作品を正当に批評するのは難しい。
いい作品を生むアーチストがいい批評家であるとは限らない。
作品を作る側ゆえに作品を客観的に批評できないということがある。
寧ろ批評することは難しいと言える。
作品を批評するのは作家ではない。
批評家か一般の鑑賞者である。

またレビュアーが、単に感想をいうだけなら
それはなんのレビューにもならない。

その先がなければならない。
また批評される側もその先を見つめていなければならないのだ。
そのシステムがない。
レビュアー側にも力がなければならない。

単に感想やアドバイスするだけなら私のようなバカでもできる。


権威があるかどうかは別にして・・・


posted by tadakov at 23:58| 高知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする