2011年06月26日

親愛なるものへ

0622haneda.jpg


TシャツGパン姿で搭乗していたのは私だけドコモ提供

ゆりかもめ国際展示場駅で降りてもサラリーマン姿(これ死語でしょうか?)ばかりたらーっ(汗)
道を急ぐ人たちがロボットのように見えました(こんなこと初めてモバQ)。

私以外が変わったのか、私がオカシイのか・・・



今回もせっかく上京、足を棒にして(本当に脚を引きずりながらもうやだ〜(悲しい顔))ギャラリーを回ってきました。

いつもなら写真集を購入してくるんですが、何故かそんな気分にもなれず、それでも1枚だけ写真を購入猫ここではどれとは言えませんが(がっかりしたりふらふら)なかなか凄い写真展に出会うことは出来ませんでした。
どっちかというと今後のためのギャラリー偵察ということになりました。

その中でもただ一つ眠気をぶっとばしてくれた写真展は東京都写真美術館の「ジョセフ・クーデルカ プラハ1968」
1968年8月ワルシャワ条約機構軍のチェコスロバキア(プラハ)への侵攻7日間のドキュメンタリー、
兵士と抵抗市民姿を追ったもの。
それぞれの写真のもつ強さ、圧倒的迫力。
眼前に起こっている事の重大さもさることながらクーデルカの撮り手としての力量に圧倒されました。
普通の人間には、こうは撮れないがく〜(落胆した顔)しびれました揺れるハート

もう一つは同B1で展示されていた世界報道写真展2011
毎年オランダはアムステルダムで行われる世界報道写真コンテストの入賞作。
今現実の世界で行われている出来事の残酷さには声も出ず、自分一人の無力を改めて感じそこに立ち尽くすことしかできません。
まずはそれを知ること・・・そこから始まります。
残念ながらというか猫来年はこの写真展に震災原発事故の写真が加わることでしょう。

どんなに残酷なシーンでも素晴らしい写真は美しく見えるぴかぴか(新しい)
それは現実の尻尾を捕らえていても「現実」ではない。

私たちはそこから吐き気をもようす腐臭や思考を嗅ぎ分けなければならない。

それが写真の恐ろしいところです。



posted by tadakov at 23:58| 高知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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