2013年06月19日

歴史は後から作られる

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猫は子供のころ歴史が嫌いだった。
今から考えて見るとリアリティがなかったからだろうか?
「どうして昔のことが、そんなに分かるんだ」という疑問が常にあった。
そこから出土したものにはロマンを感じるが、それを解釈する学者という人の言葉が信用出来なかった。
社会科で好きだったのは地理。
大人になって今は言えるが、歴史の真実は教科書の中にはない。

娘の話では、今は聖徳太子はいないのだそう。
イイクニツクロウも今では違うと・・・まあそんなことはどうでもいいのだが、気はつけばこの国は原発事故ももう無かったことにしようとしているみたいだ。

欧米の映画を見ていると分かるが、主人公や登場人物が危機に陥った場合、必ず彼らは「決まり」を無視する。
自分の信念に従った行動をし、危機を打開していく。

さてこの国の人々はどうだろう。
一刻を争う目の前の危機に前例を紐解き「マニュアル」読み出すようだ。
それが見つからなければ、目を閉じ耳を塞ぎ立ち尽くす・・・そして運よく自分が助かれば無かったことにする。
それが一部の人たちならば無理もないかもしれないが、国のトップがそうであるということが東日本大震災で証明された。

幸い私は集団で行動するのがいやだ。
そういう仕事もしている。
他人と同じでは自分の存在意義が失われる。
私は私自身の「信念」に従ってやらしてもらう。

紙に書いたものはいらない。


ミチエ〜ル犬「頭が悪いからどうせ覚えられないからじゃないのむかっ(怒り)整理整頓もダメだから例え紙に書いたとしても紛失してるだろうから・・・」

タダコフ猫「そ、そうでした〜あせあせ(飛び散る汗)


posted by tadakov at 23:58| 高知 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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