2016年02月18日

不思議なことは一つも無い

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読書の楽しみはどこにあるか?
もちろん本を読んでいるときは、楽しいので(けっこう苦しかったりする)あるが
何を読んだら良いか、選んでいる(迷っている)ときの方が楽しかったりする。

でもけっこう読みたい本って勢いやタイミングも大事で
買って積んでおくと結局読めなかったり
今は読みたくないみたいになって後回しや
積んでおくために買う本があったり・・・

私の場合けっこう勢いや自分がそれを読んだりする「旬」のようなものがある。


去年はそんなことでミステリーよりホラーや実話怪談をけっこう読んだ。
そして去年夏買ってあって積んでいた『山怪』田中康弘 山と渓谷社をまた手に取っている。

副題は「山人が語る不思議な話」となっていて、神隠し大蛇の話やキツネに化かされた話等が出ている。
私は実はそんな話が大好きでUFOの話や幽霊も(^−^)・・・
ただそう信じないだけである。
何かが起こる→不思議→幽霊、キツネ、UFOなんて短絡的に結びつけるのが嫌なだけである。
あることがあってそれを不思議(奇跡)と簡単に結論つけてしまうのはミステリー好きではなくなってしまうのだ。
合理的な説明が欲しい。
合理的な説明ができないから「いる」「ある」は、いやなのである。
存在証明が欲しいのだ。
まず「不思議なことは何もない」というスタンスでなければ、ミステリーは楽しめないのだ。
この本の中にもいろいろ説明のつくことが出てくる。
実は「怪」とは言えないが、「怪」と思ってしまう人間がいるそれが面白い。

シーラカンスはいるはずだ・・・ではなく現実に存在している。
同じように「ネッシーはいるはずだ」ではなく出てきて欲しいと思っているのは、私だけではないだろう。
誰か宇宙人を見たじゃなくて捕まえてきてほしい。
宇宙人に誘拐された人はいるというのに捕まえたという人が一人もいない。
お願いします。
せめて標本が欲しい。
なぜ「捕まえた」という人たちは、必ずいなくなったとか、それを捨ててくるとかするのだろう。
そこが一番不思議(^−^)
いたとか、見た、もちろん写真や映像なんて証拠は一番信じられないのだ。

仮にも写真をやっているものとして(^−^)

(70点)

posted by tadakov at 06:57| 高知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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