2017年01月23日

わがままなナマケモノ

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イオンの写真展に『残照』とタイトルを付けて出品していた作品。

多くの人が印象に残ったと言ってくれました。



15日にあったウェディング写真展のことには触れずじまいでしたので少しは・・・

密かにここを読んでいる同業者の方もいるようで個別のことは置いといてわたし自身のことを。

わたしのウェディング写真、毎回言われることですが、

「これモデルの方ですか?」

でいつも同じように答えるんですが、これみんなリアル新郎新婦です。

モデルじゃありません。

またモデル撮影のようにも撮ってません。

そこに花嫁を立たせているだけです。

笑ってくださいと、基本言うこともありません。

表情を作らすこともありません。

ほんとになんもなし。

わたしに撮られた方や実際撮っているところを見たご両親は分かってると思います。




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リサの話では、写真をやっているみたいなオジイちゃんが、わざわざラフディップのブースを訪ねてきて、「この写真を撮ってる人が一番上手いわ。風景の切り取り方が他とぜんぜん違う」と言ってほめていったとのこと。

話半分でも、うれしいお話です(^−^i)



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やっぱり二人だけではなくて、その場の空気をそっと閉じ込めたように撮りたいと思うのです。

そして何よりわたし自身が見たことのない風景を撮りたい。



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映画の一場面のような瞬間を撮りたい。



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それも何の演出もせずに。

演出写真って「作品」にはならないのだ。

シノヤマのように素敵な商売写真にはなります。

彼が最近ひたすら写真展をやるようになったのは、年をとって自分の撮った商品を「作品」として見てもらいたくなったのでしょう。

百恵ちゃんの写真は、シノヤマの作品ではありません。

百恵ちゃんのものです。

あたかもそこに作家性が出ているようなことを言いますが、それは嘘。

それと同じようにデビッド・ボウイを撮った写真にも写真家の写真はありません。

あれこそボウイの写真なのです。

難しいですよね、写真って・・・(^−^)



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これもわたしのウエディング写真の一部。



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新郎新婦に何かをやらすから、どこかで見た「ウェディング写真」と言われるものになるのです。

よく撮影中花嫁さんに

「何をしたらいいですか?どこを見たらいいですか?」

と訊かれ

「何もしなくていい。」

「好きなところを見てればいい」

と答えます

わたしは逆に何もやらさない。



でもね。

撮ってるとどこかの時点で花嫁さんは変わってくるのです。

そこを逃がさない。


演技をさすと、どこまで行っても、下手な演技で終わってしまうのです。

演出家であるカメラマンがいけません。

テレビドラマの俳優でさえ、下手な演技でしょう?


私も最近やっとわかったのですが、一流の監督の映画に下手な演技の人いないでしょう?

あれって俳優の上手い下手じゃないのです。

下手な演技でOKを出す監督のせいなのです。

もちろん一流の監督はまったく演技ができない人を主演にもってきたりもしないのすが・・・


もちろん花嫁は女優じゃありません。

しか〜し・・・


演技じゃない。

そして単なる自分自身のナマでもない。

その境界線のギリギリところに未だ見えて来なかったその人自身の性が、垣間見えてくるのです。

そこが美しい。


そこをすくいとるのです。

必ずその瞬間が訪れます。


++++++++++++++++



どうせ私には商売は向いてない(あっ、開き直っちゃった!)。

自分の撮りたい写真だけを撮りたいのだ。


それでわたしとわたしの周りが、なんとか食べていくだけを願うのです。


無理だよな〜(>_<)


posted by tadakov at 23:58| 高知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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