2017年02月08日

越えられないもの

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ずっと気になっていたのだが、今さらなのだが、1月25日ブログで書いた錦織くんのこと私の認識大間違いでした。
余りにふがいないフェデラーとの試合を見てしまったので書いてしまったのだが、間違いでした。
そのあとのナダルの準決勝の戦いの凄さ。
そしてフェデラーとナダルの決勝。
この次元の違いはなんだろう。
100年たっても勝てないわ・・・と思った次第。

そこで冷静に振り返ってみたのだ。
テニスが四天王とそれ以外と言われて久しい。
要はナダル。
フェデラー。
ジョコビッチ。
それとマレー。
とそれ以外。

だからランキング瞬間5位とか4位とか言っても意味ないのだ。
一度も勝てないのだから。
特にここ数年はジョコビッチの時代。

調べてみると男子のグランドスラムを獲得した選手は2004年以降は、ほとんど上記の4選手がタイトルを独占しているのだ(ちなみに女子は2000年から今に至るまでウィリアム姉妹とその他という時代続いている)。
正確には3選手。それにマレーとワウリンカが取っているに過ぎない。
2004年〜2009年フェデラーの時代
2005年〜2014年ナダルの時代
2011年〜2016年ジョコビッチの時代
時代がかぶっているのは、ハードコートやクレーコートなどの得手不得手があるから。

そしてフェデラーグランドスラム初タイトル22才
ナダル18才
ジョコビッチ19才

ちなみにアガシが22才
ピート・サンプラスが18才

ということは、だ。
コリちゃんは、もう27才。
私も彼が若いつもりだったし、日本のメディアは「もう少しで」「次はグランドスラム優勝を狙って」などと嘘を言うものだから騙されていましたが、断念ながらデータが物語っている。

グランドスラムに勝つ実力があるならば、遅くとも三年前に勝ってなければならない。
そうだ、あの勝てる相手に負けた全米オープン決勝である。
あのとき勝っていれば変わっていたかもしれない。
あるいは、あの後、変わっていなければならない。

しかし大事な時に故障。

勝つ選手は故障しない。

そういうことなのだ。
それが実力。
今フェデラー、ナダル、ジョコビッチがもし立ち直ったとして、それに勝てる選手はいないのだ。
そういうもんなんだねえ。

特に今回のメルボルンのような高速コートに若い選手が、往年の選手に敵わなかった。
これはそれだけの実力差が歴然とあるということなのだ。

彼女が出来てどうこうで勝てないのは、そもそもその人の実力なのだ。
私が間違ってました。
歴史に名を残すプレーヤーは、そんなもんじゃない。
テニスは特にそのピラミッドの頂点にまぐれで立つことはできないスポーツです。

がんばれでできることとできないことがありました。

ごめん、コリちゃん。


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人間だれでも一生懸命努力すれば、その道で一流にはなれる(と思う)。

だけど、その先なのだ。

ただトップになる、歴史に名を残すものは一握りのものだけである。

だからそこに美しいものが生まれるのだ。


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わたしは何にイラついているのだろう。

それはキミが戦っているように見えないからだ。

誰でもが、頂点に立てるものではない。

また頂点に立つものだけ美しいのではない。

それは歴然とした能力の差があるかもしれないから。

でも戦いは結果だけではないのだ。

どう戦うか。

諦めない姿が美しく、尊い。

そして諦めないものだけが、勝利をつかむ。


今回のフェデラーとナダルの戦い方を見て改めて感じた次第。


とっても歯がゆい。


負けてもいいから、真っ向から戦ってほしい。

攻めないで勝ちはない。


それができたときに、負けたとしても私は称賛を惜しまない。


そんな試合を見せてくれ・・・プロならば・・・



posted by tadakov at 23:58| 高知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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