2020年01月31日

写真家の一分

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私が自分を何者かと訊かれれば、「いつか胸を張って自分の作品と言えるものを撮りたい人」だ。

それは死ぬ間際までバタバタしたい。

前もこのブログで独り言したことがあるが、年をとって写真が撮れなくなる

足腰が不自由になって写真が撮れないのどというのは、もともと写真家ではない。

作家は死ぬまで作家でなくてはならない。

極端なことを言えば、眼が見えなくても写真家でいられるはずだ。

自分の作品を一番先にみるのは自分だ。

自分の作品に嘘をついては、やっていけない。


作家をやめたなんていうのは、もともとやってなかっただけである。

だから私なんかは今でも『写真家になりたい人』である。

死ぬまでそれで行けたらと思う(^−^)


だからその一分だけは、守って行きたいし、守らなくてはいけない。



今『ローマの休日』なんてオシゴト的お気楽写真展をやっているが、今年はちょいと何かやってみたい、いくつもたまっているし。



posted by tadakov at 00:00| 高知 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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