2013年12月30日

今年最後の写真展

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朝3時半。
久しぶりに家の寝室で目覚めると鼻の頭が冷たい。
ごそごそと起き出して車に乗ると外の気温はマイナス2度でした。
ここのとこ事務所の3階exclamation&questionでの寝泊りが常態化している猫には考えられない寒さなのだ。
ちなみに事務所の寝床はどんなに寒くても20度を下回ることはない(PCが稼働している限り)。

昨日は昼はお客様に電話と年賀状作り。
年々増えてきて今年は300枚ほどになってしまったもうやだ〜(悲しい顔)

ここ一〜二週間ほど続いていたくしゃみ鼻水がピタリと止まる。
一昨日なぞは久しぶりに一晩でティッシュケース一箱空ける状態だったのが嘘のよう。
今日は薬も飲んでいない。
毎年12月に一度ピークがあるのだが、いったいあの原因物質はなんだろう。
何かが飛ばなくなったのは確か。

さてアップし忘れていることを・・・
今月20日は写真関係の方たちと恒例の忘年会だったのですが、その日は朝から幼稚園のお楽しみ会の撮影と七五三の出張撮影に打ち合わせ等々・・・その間にちょこっと寄った聖屋に置いてあったカードに懐かしい名前。
宮下裕史
ひっそりと二つの写真展をやっておりました(失礼あせあせ(飛び散る汗)私がたんに知らなかっただけだと思いすが・・・)。

「はまべのうた」〜海と漁師のはなし〜高知こどもの図書館
もう一つが、
「クリームソーダ」〜街の喫茶店のはなし〜喫茶日曜社
いづれも12/23までで終わってます。

彼の写真に出会ったのが、もう10年以上前、北見にあったグラフィティでのこと。
ポストカードに使われていた黒板の写真とあの言葉は、今も忘れることができません。

実はあのタイトルは、当時勤めていた会社で作ろうとしていた新商品のヒントになったのでした。

あのときは、こんな写真を撮る人が高知にいるのかと、またこんなコトバを持っている人がいるのかと、ちょっと嫉妬を覚えたものです。
恐らく自分がまさに撮りたかった世界をさらっと撮っているように思えて・・・だと思うのです。
それと、なんというのかな〜写真に流れている詩心ぴかぴか(新しい)そこには写真が上手いとか下手とかいうところを越えたところにある彼自身が持っている「時間のようなもの」が写っていたのです。
よく自分の写真のことをお手軽に『・・・・の世界』などという方がいらっしゃいますが(私も人のことは言えませんむかっ(怒り))彼の写真には、本当にそれが写っているいるのでした。
そんな人ってそうそういません猫

で今回の写真展・・・良かったあ〜揺れるハート
宮下祐史はまだ宮下祐史でした。

やっぱり今こんな写真展やれる人なかなかいないよなあ。
なんかずっと離れていた恋人にまた会えた黒ハートそんな嬉しさを感じることが出来ました。
心残りは手持ち無沙汰で買えなかったステキなジーン(なんせあせあせ(飛び散る汗)忘年会の前には数年ぶりに銀行に寄ったほどふらふら)。
またまた嫉妬する出来のポストカードは2枚づつ取ってきましたわーい(嬉しい顔)

今年県内でやってた写真展で一番心に残るものでした。
会期中にご紹介できなくてすいませんでした。

posted by tadakov at 06:45| 高知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月08日

土佐白金紙誕生

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乾かない洗濯物を抱えてコインランドリーへ。


お客さんに「まあ今の季節台風でもやってこない限り雨は無いですから大丈夫手(チョキ)」と言ったら台風がやってきた。

明日のオールロケの前撮りはどうなるんでしょうかふらふら


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午後から撮影申請の手続きと写真展を見に車(RV)ー(長音記号1)

『土佐和紙とプラチナプリント/オルタナティブプロセス:新たな価値創造への試み』いの町紙の博物館2013.9.28-10.20
フランシス・シャンバーガー
マーク&クリスティン・シンク
宮嶋康彦
志鎌猛
吉岡さとる

これは見ておかなければならない写真展ということで行ってきました。
土佐和紙の可能性を見る展示であるとともに5人の作家がそれぞれどのような表現をしているか楽しみでした。
結果とても良い写真体験をさせていただきました。
特にお目当ては宮嶋康彦さんでしたが、たった10枚の写真で一つの素晴らしいストーリー紡ぎ出す力には唸るしかありませんでした。
紙の違いかもしれませんが、去年新宿ニコンギャラリーで見たときよりも繊細で柔らかい印象のプリントでした。
あの一枚が欲しい揺れるハート
他の作家さんも志鎌猛さんの恐ろしく繊細なプリント。
吉岡さんの化学の写真。
シンク夫妻の懐かしいようなアートポートレイト。
シャンバーガー氏のスティルライフ、良かったです。
こういう写真展高知で開催されるのは初めてだったのかもしれません。
通常は風景、スナップ、日本的ネイチャー写真が殆どですものね。
必見の写真展でございます。
それと蛇足かもしれませんが、この写真展のための5種類のリーフレット、このデザインが秀逸です。
思わずスタジオに飾る用と保存用に2部づつとってきました。
これは額に入れて飾っておいて十分作品になる出来ですわ(実際そうしようと思っています)。



いつの日にかあんなふうに自分も人に感動を与えられる写真作家になりたいと・・・ちょっとまた燃えてきました爆弾
posted by tadakov at 22:42| 高知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月05日

TOMORROW

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娘の迎えの時間に合わすつもりでいつもお世話になっている東村接骨院へいい気分(温泉)

ところがこんなときに限って娘からは電話がかかってこない。

4時間近く待ちました、車の中で・・・

信じられないがちっ(怒った顔)待ち時間のために持って行くはずだった本を忘れてくる。





腰は痛くても撮影は待ってくれません。

明日もがんばろ〜exclamation×2

がく〜(落胆した顔)exclamation&question今日撮影のはずの中学校電話かかってこなかったけどたらーっ(汗)






posted by tadakov at 23:52| 高知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月31日

斉藤モータースの猫

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9月上旬車検に出そうと電話したら「まだ早いですよ、10月31日に切れるから・・・」と言われる。

しかし気が付いたら切れかかっていたがく〜(落胆した顔)あせあせ(飛び散る汗)

検査を通すには後ろのタイヤ交換が必要ふらふら思わぬ出費もうやだ〜(悲しい顔)

よくこんなんで雨の日高速ぶっとばしてたと思います・・・



一日に一回は換えるのだが、絆創膏が雑菌臭い。

でもなんかついつい嗅いでしまう私です。



最近一番ショックを受けた鈴木信彦さんの写真です。
素晴らしいぴかぴか(新しい)


会員制なのですが、ROADSIDERS' weeklyにもっと写真が出てます。
posted by tadakov at 23:58| 高知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月17日

無感情の写真

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バッド(下向き矢印)朝イチ打ち合わせで高松へ車(RV)ダッシュ(走り出すさま)
・・・と言いたいが、朝6時に親戚に起こされる。

犬「材木に被せてあったビニールシートが風に煽られて剥がれているぞexclamation×2」。

顔を洗う間もなくロープを持って母と現場へ(ミチエ〜ルは眠い(睡眠))全身ずぶぬれにになって張りなおしましたふらふら

で、帰って速攻で着替えて宇多津へ車(RV)ダッシュ(走り出すさま)でしたグッド(上向き矢印)

打ち合わせ場所がグランパースのほぼ隣状態だったので寄ってみると、オーナーの岡氏はスコップで穴を掘っていた。
訊けばミドリ亀のコニシが朝死んでいたので埋葬中だったとのこと。
わざわざ新聞紙に包まれて穴の中に納められる寸前だったコニシを見せてもらう。
1年半前からいたらしいが、まったく知らなかった私とミチエ〜ル(今まで話題に上った記憶が無い)は、初対面がコニシの最後の姿であった・・・猫(合掌)黒ハート

そうこうしているところに友人の天狗さんが現れ談笑いい気分(温泉)次の打ち合わせに出るまでの30分足らず・・・わずかな時間でしたが、久しぶりに会った感じ(時間足らず)。

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打ち合わせが終わり、本命の雷というか、もう今日を逃したら・・・というミモカでやっている写真展『ホンマタカシ ニュードキュメンタリー』車(RV)ー(長音記号1)

一度は見ておきたいと思っていた写真である。
なんて言ったらいいのだろう。
作家には申しわけないが、早くその場を出たくなった作品展である。
当たり前だが世の中にはホンマの写真を好きな人と嫌いな人がいる。
私は今回それをはっきり自覚することになる。
私は前者後者
ひょっと、それが作家の狙いとすれば、それは見事に成功している。
私は写真が好きである。
で、嫌いな写真と好きな写真、まあそのどちらでもない写真があるのだが、彼のは今回のことではっきり自覚できました。
苦し紛れに、欲しい作品がないか会場で探して見たが・・・もうやだ〜(悲しい顔)

どうしてだろうかがく〜(落胆した顔)

会場で過ごした時間の半分を使って、それを自分に問うてみた。

有名なTokyo and My Daughterシリーズなどの子供たちの写真。
見るものを射る眼差し(確かに今までそんな写真を撮る作家はいなかった)。
あるいは無表情な・・・それとも敵意をもっているかのような・・・。
その眼差しは私たちを傍観者、他人あるいは敵のように感じさせる。
これは作者の視線の(写す人間)の裏返しだろうか?
そこに「子供たちの」というより「作者自信の孤独(不信)」が見てとれるような気がするのは、私の深読みかドコモポイント
作者が考えているであろう客観的シーンexclamation&question(わたしはあの写真群が客観的だとは思わないが)それが写真に色濃く現れている。
作家は写真のチョイスにかなり神経を使っているのか、あるいは自然にあのカットを選び出しているのか?
なかなか写真(被写体)から「敵意」あるいは「無感情(無関心)という感情」を感じることは、あまりないのだ。
猫「私はそんな目で見られたくない」。
だから嫌な感じなのだ。
それは人物だけの写真ではない。
「物」も風景もそうである。
モノにも感情はあるはずである。
それが使われてきた手触りや温もりが写るはずである(本当は写す側の感情が投影されるのだと思うのだが)。
それを写すまいと作家はしているのだろう(そうであってほしい)。

ちなみに近作の雪の写真などは、鈴木理策の「熊野・・・」のシリーズや昨年木村伊兵衛賞をとった田附勝の写真集『東北』の1シーンを想起させたが、やはりまったく違う。
そこに血が写っていてもリアルを感じさせない。雪が写っていても寒さや情緒を感じさせない。
ただ記号やカタチが並んでいるように見えるだけである。
だから隣にあった絵に置き換えることが可能だったのかもしれない。
作者はそこに何を見ていたのだろう。
それともスタイルのための写真(スタイル)か?


私は、その写真を見て、鏡を覗き込むようなものだ(私自身を見つめることになる)。
そして考える・・・

鈴木の写真は美しい。
田附の写真には自然の厳しさがある。
そこには鈴木が感じる美しさ、田附の思想が投影されているのではにだろうか?
ではホンマには・・・


わたしが一番嫌なことは、無感動、無関心、無表情なのだろう。

いくら写真を覗き込んでも、その写真たちは私を無視(拒絶)している。


ここでフォローしておきますが、「嫌い」だからこの写真がダメだと言っているわけではありません。
機会があったら(絶対そんな機会ありませんが)作家とその作品について話をきいてみたいと思いますわーい(嬉しい顔)
期間は9月23日(日)までですが、お時間があれば是非見に行ってください。



★誤字脱字等ミチエ〜ルに指摘され修正しましたふらふらまた分かりにくいところがあると思い加筆しました手(チョキ)



posted by tadakov at 23:58| 高知 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月10日

12EYES総論各論

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一生懸命書いて(まあ内容はたいしたもんじゃないですが、2時間くらいかけた)アップする前に間違えて消してしまうふらふら・・・そうすると途端に同じものを書く気力は失せる。

でまったく違うことを書きますわーい(嬉しい顔)



よく考えて見たら今回の『12EYES』の写真展、友人のけんぞ_さんが私との対決のことをラジオやブログ、果ては会場でもお客さんの前で言ってくれたのだが、私はその「作品」のことについてここでは触れていない(まあ最初かん口令が敷かれていたのもあるが)ドコモポイント

会場でもお客さんの前で少し説明というか、感想を言ったからもう良いかなドコモポイントなんて考えていたまま放置プレイだったので一度整理しといた方がいいということで。

また自分の写真にも気が付いたことがあるので忘れないうちに。

今回のけんぞ_さんの作品は巨大な3枚組みのヌード写真(B1だっけ?)。
特別何で来るのか想像していなかったのであるが(自分のことで手いっぱいであったので)、搬入数日前スタジオを訪ねた時に尋常じゃない気配が感じられたので、急遽自分も出すものを変えたのである(良かった良かったドコモポイントあせあせ(飛び散る汗))。
でもヌードには驚きました。

出力はインクジェット。
もちろん、1枚1枚のクオリティは驚くほど高い。
そして完璧な構図に組み合わせ。
色は調子を合わせ、少し彩度が低く抑えられている。

左の写真は、岩の上に全裸で卵のようにうずくまる女性。
彼女は何を抱えているのだろう。
何かに押しつぶされそうな、またはとても重い体験をした・・・それは彼女の過去なのだろうか?

中央の写真は、はだしで立ち左向き、遥か遠くを眺めている。
背景の空は曇りながらも千切れ雲が浮かんでいる。
音は聞こえてこないが、わずかに彼女のはいたスカートの裾が揺れて(ぶれて)いる。
ここが彼の憎いところなのだが、唯一この3枚の中での「動き」なのである。
彼女は遠くを見つめながら何を思っているのだろう。
彼女が見つめているのは、まだ見ぬ未来なのかもしれない。
私には小さな希望が見えるような気がした。

そして右の写真。
彼女は裸で私を見つめている。
私の中を覗きこまれているような視線。
強烈な視線でもなく、しかし弱くもない。
達観したようでもあり、彼女の「決意」でもあるような。
そんな彼女はとても美しい。
気がつくと私は彼女の前に「裸」で立たされている。
そしていつしか私は自分自身を見つめている。

もちろん見る人によって感じ方は、さまざま。
私には彼女の「過去(悲しみ)」「未来(始まりの予感)」「現在(決心)」を感じた。

作品には静かな緊張が漂い息を詰めて見てしまう、同時に彼女に見透かされる。
心地よいとはいえないが、それが心地良いのだドコモポイント
この写真の力ぴかぴか(新しい)
これに耐えられないならば、正面に立って長い間見つめていることは出来ない作品である。

いやあ敵ながら天晴れなのだ〜わーい(嬉しい顔)

「作品」とは、こうでなくちゃいけない。

自分が一旦作品として発表すれば、その写真に対して「言い訳」は出来ない。
それをよく分かっている(私がよく怒っているのは、これを分からず自分をアーチストだと思っている愚か者)。
けんぞ_さんらしい全く隙のない素晴らしい作品でしたぴかぴか(新しい)

それに私が付け入る隙があるとすれば、その「完璧さ」である(という言い訳わーい(嬉しい顔)


さて対する私の作品は『業火』。
炎の写真であり、人の業の作品でもある。
感情の作品とも言える。
表面だけ私たちを知る人が見ると一瞬お互いが「逆の写真」を撮っているような気がしたかもしれない。

今回はお互いが相手の裏をかきながら、それでいてがっぷり四つに組んだといえるでしょうか。
まあ私の写真の説明は、みなさんにお任せいたします。


で今回私が説明したいのは、もう一つの作品、お題の写真『いろ』の方である。
わたしのは、夜夜七色に輝いているビニールハウスの写真。
去年に個展にも出していたものの一つ。

いつも訊かれることなのですが、

@この写真は、本当にこんな色で輝いているのですか? 猫はい手(パー)

Aこの写真は、どこで撮ったのですか? 猫南国市です手(チョキ)

Bこの写真のハウスの中で何を作っているのですか? 猫知りません手(グー)

特に3番目の質問は多い。
そのとき私は言い訳に「そこに行ってもいつもお百姓さんはいないんですよふらふら」とすることにしている。
今回はお客さんの中に「必ず何を栽培しているのか教えてください」と、住所氏名を書いていった人がいましたモバQ

実はですねえ。
ここだけの話ですよ。
猫は、これらのことに全く関心がないのです。

何を作っているのかなんていうことに興味がないのである。

わたしが興味惹かれているのはそんなことではないのだ。
これは奇しくも私が会場で写真を解説しているときに友人である初老の天狗さんが言ってくれた言葉に尽きる。

私はあのビニールハウスを「お百姓さんが作った無意識のアート」としてみているのです。

昼間全く誰も見向きもしなかったビニールハウスが真夜中人通りも少なくなった時間に突如モバQ光のハウスとして輝き出す様に惹かれているのである。
その意外性。
だから「どこで」「何を」「どうして」作っているのかということには、まったく興味が無い。
純粋にその美しさ、光景に惹かれているのだ。


いかんexclamation眠いどんっ(衝撃)

明日の朝は早いのでこれにて・・・眠い(睡眠)


今夜はもう誤字脱字直せません爆弾
ちなみにけんぞ_さん写真の解説は、私の記憶によるものです。
実際に違うところがあったならお許しください。

ではドコモ提供おやす・・・・ガクっ爆弾


<9月12日一部改稿>


posted by tadakov at 23:58| 高知 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月20日

目の勉強

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バッテリーを乗せ換えたらすこぶる快調車(RV)ダッシュ(走り出すさま)

丸亀までの往復リッター15km以上をたたき出した。
まあメーター表示なのであてにはならないが・・・


『杉本博司 アートの起源/歴史』丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
行きそびれて遂に最終日、ミチエ〜ルと行ってきた。
それがなんとバサラ祭りと重なって入館料無料exclamation×2
せっかく年間パスポートを買っているのにふらふら初回の『科学』を見逃しているからまだ4回のうち入場料がいったのは1回・・・意味が無い。
「光子的素描」写真の先駆者の一人であるタルボット(1800-1877)のオリジナル紙ネガを杉本がプリントしたシリーズを見れて大満足。
ミチエ〜ルは「スタイアライズド・スカルプチャー」20世紀を代表する洋服を撮影したシリーズがお気に召したよう。なんと糸の一本一本まで解像された写真である。
タルボットの方は一見すると何が写っているか分からないような写真である。
好みはまったく違うのだドコモポイント
それにしても素晴らしい。
技術、クオリティ、オリジナリティに於いて他の追随を許さない。
好き嫌いは別にしてもため息が出る。
自分のちっぽけさを思い知るのであった。
まだスタート台に立ってさえもいないような気がする。
まあ戦ってみなけりゃ、勝てっこない爆弾と、遅くは無いと言い聞かせるしかない猫
posted by tadakov at 23:58| 高知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月26日

親愛なるものへ

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TシャツGパン姿で搭乗していたのは私だけドコモ提供

ゆりかもめ国際展示場駅で降りてもサラリーマン姿(これ死語でしょうか?)ばかりたらーっ(汗)
道を急ぐ人たちがロボットのように見えました(こんなこと初めてモバQ)。

私以外が変わったのか、私がオカシイのか・・・



今回もせっかく上京、足を棒にして(本当に脚を引きずりながらもうやだ〜(悲しい顔))ギャラリーを回ってきました。

いつもなら写真集を購入してくるんですが、何故かそんな気分にもなれず、それでも1枚だけ写真を購入猫ここではどれとは言えませんが(がっかりしたりふらふら)なかなか凄い写真展に出会うことは出来ませんでした。
どっちかというと今後のためのギャラリー偵察ということになりました。

その中でもただ一つ眠気をぶっとばしてくれた写真展は東京都写真美術館の「ジョセフ・クーデルカ プラハ1968」
1968年8月ワルシャワ条約機構軍のチェコスロバキア(プラハ)への侵攻7日間のドキュメンタリー、
兵士と抵抗市民姿を追ったもの。
それぞれの写真のもつ強さ、圧倒的迫力。
眼前に起こっている事の重大さもさることながらクーデルカの撮り手としての力量に圧倒されました。
普通の人間には、こうは撮れないがく〜(落胆した顔)しびれました揺れるハート

もう一つは同B1で展示されていた世界報道写真展2011
毎年オランダはアムステルダムで行われる世界報道写真コンテストの入賞作。
今現実の世界で行われている出来事の残酷さには声も出ず、自分一人の無力を改めて感じそこに立ち尽くすことしかできません。
まずはそれを知ること・・・そこから始まります。
残念ながらというか猫来年はこの写真展に震災原発事故の写真が加わることでしょう。

どんなに残酷なシーンでも素晴らしい写真は美しく見えるぴかぴか(新しい)
それは現実の尻尾を捕らえていても「現実」ではない。

私たちはそこから吐き気をもようす腐臭や思考を嗅ぎ分けなければならない。

それが写真の恐ろしいところです。



posted by tadakov at 23:58| 高知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月07日

生と死のロンド

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寒かったあ〜雪

美術館の池は夕方になっても凍ったままだった
ふらふら



やっと観に行く。

蜷川実花展『地上の花、天上の色』


日曜日だったし、多かったです・・・若い女性が・・・ちっ(怒った顔)(自分の時を回想しているむかっ(怒り)普段は写真展なぞ来ないだろうな〜(失礼モバQ)な方たちがあせあせ(飛び散る汗)

まあそれだけ人気があるということでしょうかドコモポイント芸能人の写真もいっぱい撮ってるし。
かく言う私も嫉妬しつつ好きな写真家の一人で写真集も数冊もっています。
つい数日前にも『蜷川実花 上海2010』という写真ムックも買っちまったわーい(嬉しい顔)たらーっ(汗)


一昨年から始まったこの巡回展。
彼女のデビュー作から最新作といわれるのものでした。
いきなり入り口のAcid Bloom花の作品からインパクトあります。ただ私なぞは初期からずうっと見てるもんで(実物を見たのは初めてですが)目が慣れているというか・・・冷静に見てしまいました。

初期から明るくも毒をまとった蜷川カラーは、最近は明らかに暗く毒が滲み出している写真になってきているのが、この時代の所為なのか、彼女のおかれている環境なのか猫などと考えてしまうのでした。

生と死・・・そして永遠。

いま彼女の写真は明らかに死に近づいているような気がいたしました。



別会場で同時にやっていた美術館コレクション展
『石元康博フォト・ギャラリー』
多重露光シリーズをやっておりました。
面白いものでいくら偶然性を追求しようとも綿密に計算された構図の・・・グラフィックのように見えてしまうのでした。
そこがスゴイのですがドコモ提供
蜷川作品とは水と油のように見えてしまうのでした。

これも写真なんだぴかぴか(新しい)



話は変わるが去年12月高松市立美術館で志賀理江子展をやっていたらしい。

去年暮れは火を噴いていたとは言え
なんで知ることが出来なかったのだろうもうやだ〜(悲しい顔)
知ってたら何を置いても行くんだったのにあせあせ(飛び散る汗)

ちなみに2月20日からは、一昨年だっけexclamation&question木村伊兵衛賞を取った浅田政志の写真展が始まります。

今高松市立美術館はとっても意欲的に活動しております(えいなあもうやだ〜(悲しい顔))。

訊くところによると
今年は「せとうち美術なんたらかんたら年」みたいな香川県を中心とする瀬戸内海一帯でたいへん面白い催しがあるとのことです(情報になってないがパンチ

楽しみ〜いい気分(温泉)



posted by tadakov at 23:58| 高知 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする